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01 戯言 Archive

ショーゼン・バット・グドン

犬がいなくなって一週間。
もう少し、かまってあげれば良かったなぁ、
もう少し、世話してあげれば良かったなぁ、
かわいそうなことしたと、思わないでもない。

読んでいた本の中で、偶然にも犬が死んでしまうエピソードが出てきた。
こちらは、さらにかわいそうな話だ。
ペットたちのアウシュビッツ、段ボールから保健所までの話。
実際に現場を見たことはないが、想像しても悲しいものだ。
興味本位で手に入れ、かわいがり、飽きたらポイ。
消費することになれ過ぎてしまったのは
水の低きに就くが如し、かもしれない。
ボクは基本的に人間性善説を採用しているが
愚かな生き物だとも思う。

合掌

脆弱性が発見されました

靴のかかとがとれた。

寒くないし、ラッパズボンと相性がよいし、スーツにも合わせられるし、
何よりコツコツ足音が響くのが楽しくて
最近はブーツを履いていることが多い。
アメリカ帰りのウエスタンブーツ。
8年ほど前に向こうに行ったとき、おみやげにもらって帰ってきたものだ。
多少のスリ減りがあり、昨年リペアをしたところであるのにもかかわらず
何かの拍子にかかとのゴムの部分が、ぺろりーんと。
来客があったので、木工用ボンドで応急処置したものの、スグにアウト。
完全に離脱した。

現在は瞬間接着剤で対処しているけれど、どれだけ保つものか。
一度生まれた不安は、無意識化にすり込まれ、なかなか消えないものである。
歩き方が、若干ぎこちない。

ブーツと修理とアメリカで思い出したけど、
この話は、また今度。

おお、新しいパターン。

新装開店、新奏開展

ちまちまちまちま、システムをいじって
いそいそいそいそ、装いを整え、
こつこつこつこつ、過去のテキストを入力。
やっとこ新装が整った。

まだまだ、方々に手を入れて行かなくてはならないけれど
いろんなところから、ソースを拾ってきてつなぎあわせているので
正直よくわからん。
いろいろ勉強していかないと。

過去のテキストを移植していくのは、
少々骨が折れる作業だった。
稚拙なテキストを通じて、
過去と向き合うのは、面映ゆい感じで、
仕事もちょっとバタバタが続いていたので
骨どころか、心までも折れるかと思った。

テキストばかりだと味気ないので、
以前に作ったスライドのムービーを追加。
ついでにもひとつ、新規に作成。
テクニックが足りないので、あまりおもしろみはないけれど
まぁそこはご愛敬というところ。
音と映像が、若干ずれるんだよね。
まぁ、そこもご愛嬌。
音楽とともにお披露目といったところ。

ひとまず新装開店。
ペースはいつも通りだけれど、
いろいろ試していきたいと思います。

080110

あけましておめでとうございます
と言うには、もう少し遅いですかな。

去年の暮れにiPodを買ったのです。例によって(※1回目)セコハン(中古ね)。OSの関係もあり、今まで初代iPodを使用していたけれど、さすがにちょっと大きく邪魔っけなのですよ。デバイス部分もかなりへたってしまっていて、充電・編集のために、毎回5分ほどの時間を要して、匠レベルの微調整技術を駆使してケーブル接続をしなければならなかったので、とうとう音を上げたのでした。
会社でのマシン不調(なぜか年末の忙しいときに調子を崩すのだ、アイツは)に伴った環境移管で、家の環境もOSXベースに切り替え。金五千円也にて初代 iPodmini(blueしかなかった)を購入にございます。先代と比べると、若干出力が小さいような…。バッテリも減りが早い気が…。でも、気にしない。後悔なんてしていない。泣いて…ないよ。

秋の終わり頃から、ちまちまGaragebandで曲を組み立てて楽しんでいる。
何であれ、作り上げたときって「俺天才!」って思うよね。自己満足、結構じゃないか。自分でさえ満足していないのに、他人を満足、ましてや感動させることなど出来やしないのではないかね?
と台詞調に書いてみましたが、どうでしょうか。
そんなわけで新しいiPodで、自分の組み立てた曲を聴いて、モキュモキュしているところです。ご機嫌いかがでしょうか?ウエハラアキラです。

例によって(※2回目)誰もいない実家に帰省していましたが、元旦は年越しでドライブを(ミュージシャンだと「元旦は年越しでライブを」になるな)。こういう機会でないと車を運転しないので、あてどなくブラブラと3時間ほど。1年半ほど運転していなかったので、なかなかドキドキスリルビクビクドライブでした。
南港の方はイベントごとがあったようで、少し混んでいたものの、道路は比較的スイスイと流れていて、イライラはナシ。USJではニューイヤーの花火が上がっていたようで、ドンドン音がしておりました。急いで車を止めて、見えるところまで走って、煙を確認しました。
うん、そうだよ、花火は見れてないよ。
大阪城はライトアップされていて、離れたところから見ても十分美しい。上部に少し欠けはじめた月が配されて、コントラストのはっきりしたモダンなイラストみたい。夜の工場もCGの様で、かなりモキュモキュしたのでありました。

2007年の後半を[log]の方へ移管しました。ぼちぼち新しいスタイルを考えなきゃなということで、ぼちぼちと仕込みをしているところ。完成がいつになるかは、ゴッド・オンリー・ノウズです。
「あなたが見たいと思う世界にあなた自身がなりなさい」と言ったのはガンジーだったかな?ボクは、笑顔をいっぱい見たいです。たくさんの人にたくさん、よろしく。

071230

百貨店にシャツを仕立てに行って来た。最近紳士服売り場は好きだ。しかし、あまりなじみがないので多少緊張はする。
シャツを仕立てるには、生地を選ぶ必要がある。これが楽しくともムズカシイ。各ブランド別にカラーもパターンも豊富。基本的にスーツに合うものをと考えつつ、普段にも着たいと思うし、どうせ仕立てるなら、あまり既製品では見かけないようなのがいいな、などといろいろ欲が出る。基本的にボクは派手な方が好きなので、目がとまるのは暖色で色鮮やかなモノが多い。
販売員さんに声をかけられたので、いろいろ質問をぶつけてみる。青ベースのものはスーツに浮いてしまう傾向があるとか、クレリックシャツとチェックパターンは相性が悪いだとか。
しばらくとっかえひっかえ逡巡して生地を決めたら、身体の各部を計ってもらう。販売員さんは、すべてを計り終えてからまとめて紙に記していた。つまり数字を記憶しているわけだ。てきぱきとメジャーを動かす姿は、職人を感じさせた。ボクの利き手は、左手よりも1センチほど長いようだ。「ほそいですねぇ」と言われるのは、まぁ予想通り。
サイズを計り終えたら、パーツのディティールを決めていく。襟の形に袖、前あわせに背中のタック、ポケットの有無やデザインなど。オプションでの刺繍で、日付を入れてもらうことにしたが、そんなお客さんは初めてだと驚かれた。
販売員の方に、男性と女性でシャツの合わせが違うのはなぜかと訪ねてみた。後々調べてみると諸説あるらしいが、その方は「男性が脱がせやすいようにではないでしょうか」とおっしゃっていた。脱がせる機能としてデザインされているのであれば、なかなかウィットがあってステキだなと思った次第。宗教的な理由や識別のためのアプローチよりも、余裕が感じられる気がする。
今年も残すところあと少し。仕事は無事納めたので、残る仕事は掃除と年賀状(遅いゾ!)だ。
振り返るのはあまり好きじゃないが、30歳にもなっちゃったし、いろいろなにかとあったように思う。特別大きな事故もなく平和に過ごせたことに感謝している。全体的には雑事にかまけてのんびりしてただろうか。もう少し必死さがあってもいいのでは?とも思うのだが。
2007年に素敵な彩りをくれた、たくさんの人に感謝。新しい年も笑顔で逢いましょう。

071219

この時期恒例の忘年会や雨の影響で、バイクでの移動は久しぶり。
家の中で何度も心を叱咤してから、勇んで屋外へ向かうわけだが、
激励のおかげか出てみると存外寒くない。

なんだ、いけるんじゃないか。余裕余裕。

と思うものの、走るウチに沁みてくるのだ。
冷気が。

上はある程度着込みをしているので想定内なのだが、下半身はなかなかキツイ。
股引(股引は「もも」なのになんで股なんだろう?いや、「股」を「引」きしめるから「股引」なのだろうが、なぜ「もも」ひきという呼び名なのだろう?が正解か)を履くという選択肢もあるが、
履くと負けだと思っているので(何に「負け」なのかは不明)、履かない。
主にジーンズ一枚だ。

とにかく、足がさむい。目的地に到着する頃には心が折れそうである。
電車で移動でもいいのだが、どうも気が進まない。
時間がどうにも無駄に感じるし、
この時期の生暖かい人混みは、ウイルスを培養しているようにしか思えない。
車は持っていないし、あっても通勤には使えなさそうだ。
結果的にバイクが一番心地よいと言う結論であるが、
消極的な理由だけでなく、大きな声で唄いながら移動できるという
積極的な理由もあるのだ。

リズムに乗って気分転換。
すっきり爽やかノリノリである。

隣の車の窓が少し開いてた。
目があった。

071018

秋の日は釣瓶落とし。
天は高く、馬は肥えて、赤い空、影は長く。
深まれば、闇また深く、隣は何をする人ぞ。
千切れた雲に、今を思えば、牛に曳かれて善光寺参り。
冷たい空気に薫る郷愁。
光るネオンに人肌恋し。
雲の切れ間の青い月。
悲観主義者が君を嗤う。
燕雀いずくんぞ鴻鵠の志を知らんや。
ましてや、矮小な己をや。
苦い珈琲に紫煙。
臥たる躰に熱。

071004

「紳士」
「紳士」
携帯電話での撮影なので、判読は難しいかもしれないが、トラックの荷台背面に貼られたステッカには「紳士」と書かれている。

もうひとつ。

すっとんでまいります
すっとんでまいります
こちらには、「気分の悪くなられた方は、このヒモをひっぱってください。職員がすっとんでまいります。」と書かれている。

なんていうか、ステキだろ?

071003

ユニバーサルデザインという言葉がある。
巷でも耳にするのではないだろうか。簡略化すると「すべての人のためのデザイン」という意味で、
● 誰でも使えて手にいれることが出来る(公平性)
● 柔軟に使用できる(自由度)
● 使い方が簡単にわかる(単純性)
● 使う人に必要な情報が簡単に伝わる(わかりやすさ)
● 間違えても重大な結果にならない(安全性)
● 少ない力で効率的に、楽に使える(省体力)
● 使うときに適当な広さがある(スペースの確保)
といった定義がある。しかし、どちらかというと視点に力を置いているところがあるようだ。そういった意味ではさらに上のインクルシブデザインという言葉も出始めていて、なかなか奥が深い。まだまだ不勉強で、一朝一夕に理解するというわけには行かないのだが。

先日実家に帰省した際、久しぶりに母と長々と語らった。腰を悪くした母は、仕事を若干縮小し、今後は現状維持、もしくは撤退というところであるという。年齢的なものもあるだろうし、今までのがんばりのつけが来たのかもしれない。その頑張りの上にボクがいるのだから、感謝しなければバチが当たるだろう。
その母が、先日車輪付きのバッグ(ガラガラ)を買ったそうだ(しかも、何故か三つ)。重い荷物は持てないので、移動の時に困らないようにとのことだったのだが、使ってみると、どうにも不便であるという。
たしかに平坦な道を歩いているときには、車輪が摩擦を少なくして、移動はラクラク、便利でる。しかし、例えば階段などにぶち当たると、結局持ち上げねばならなくなる。母は車で移動しているので、荷物の積み下ろしにも腰をかがめなければならない。また、スーパーなどでの買い物にはカートを使用するが、その際はガラガラを引き回すことが困難なので、カートの下段に乗せる。その際にもまた、腰をかがめなければならないのだ。たしかに、そういった事例を聞くと不便である。
この不便は課題に置き換えられねばならないわけで、そこにデザインの余地があるのだが、現状ではまだ改善されていない。
もともとは車輪は固定式で、一方向にのみの稼働であったように思う。しかし、移動には前後左右があり、まっすぐ歩いていく場合でも若干の左右移動は必要になる。その際は、不便に目を閉じ、力任せに行動軸を変えて使用してきた。このちょっとした不便を解消したのは、車輪が回転する機能を組み入れたことだと思う。車輪が360度向きを変えることができることで、前後左右の移動をスムーズにしたのだ。問題点を課題に置き換え、それを解消するために行為のデザインを組み入れ、機能を設計したのである。
話は戻って、現状のガラガラ。まずは段差に対する不便を解消するために、アイデアをいろいろと話し合った。母は、車輪をキャタピラにするのはどうかという。たしかに段差に関しては機能として解消するのではないかと思うが、それでは、左右移動の際に不具合が生じる気がする。ボクは、バッグ部分をひとつの車輪として見立てることを提案した。具体的にいうと、中の収納部分を磁力などの利用で浮かし中空にし、向きがぶれないようにする。外側の部分は球体にしてしまい、中と外をセパレートにして別々の機能にしてしまうという案である。球体は全方位方なので、前後左右上下に関しての移動を可能にする。移動に関しては問題ない気がするが、外側が車輪だと汚れたままになるという、別の課題が浮上してしまう。それに、カートの際には引っ張れないといった根本的な解決には至ってないのである。製品の開発というのは如何に難しいものか。そう思ったが、あれこれアイデア出し合うことは、思考がポジティブでおもしろいものだ。

ハンディを持つものからのこういった視点を、今の製品に当てはめたとき、今までとは違った価値観の商品が生まれてくるのだと思う。実際、モノは世にあふれ、軸の違った商品でなければ、値段の競争に終始してしまっているのが市場の現状だろう。パラダイムシフトが生産者側にも、消費者側にも必要になっているのではないかと思う。
例えば、あなたの家にあるハンガーや爪切り、ペン立てや炊飯器にもまだまだデザインの余地があるのではないだろうか?そんなことを考えてみる秋の夜長もいいのでは?
たまにはデザインのお話を。それから、そういうのにいいバッグがあるよなんて、ステキな情報があればご一報くだされば幸いです。

070927

人間って、いや、生きてることって、つまり熱だ。
唐突に、そう思った。
至極真っ当な話。
それこそ、例は山ほどあるので、今更ここに列挙することもないだろう。命を蝋燭に例えるなんて、秀逸である。
熱=命の図式が成り立つのなら、機械の摩擦熱にも愛着を持てるかもしれない。
なるべくなら、時々は普段よりも温度を上げて、近くのものも巻き込んでアツくなりたいものである。
しかしながら、時勢は「熱量は控えめに」だ。

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