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五月二十八日(晴) ちょっと寒い

しばらく時間が空くと、
書くのにちょっと気合いがいるなー。
なんか、しょーもないことは書けない
みたいな、変なプレッシャーがかかる(自分で自分にかける)。
でも、特に内容はないんだ(シャレじゃないよ)。

娘は、無事産まれてから一年が経過した。
過ぎてみると、やはりあっという間だ。
出会うことが全て初めての経験だったので
内容が濃かったのだろうと思う。

自分の雑感としては、
やはり、どこか客観的に見るくせというか、習性があるようで
自分の娘だからといって、盲目的にかわいいと思う感じではない。
ことあるごとに娘の話を人に話したり、写真を見せたり
というような行動は、いまのところ、とっていないように思う。
「宇宙とは広いようで狭いものだな。
ごらん、宇宙で最もかわいい生き物が、いま目の前で泣き声を上げている」
というような心境には至っていない。
少しずつ言葉を理解しはじめて、反応が返ってくるようになったので
「うむうむ、おもしろくなってきたぞ」
というようなのが、いまの心境。
むしろ、
子供を前にして、自分がどう生きるのかの方が悩むようになった。
「くやしかったら、早く大人になりなさい」
と言ってやれるほどに、魅力的に見える大人になるには?
それには、自分が一生懸命生きてるところを
人生を謳歌している様子を見せねばならんのだなと思うのだが。
はたして、謳歌しているか?と聞かれると、はなはだ自信がない。
これから、さらに模索の日々である。

先に、しょーもないことは書けないみたいな、変なプレッシャーがかかると書いたが、
これはおそらくオチがないとあかんなと
自分の中で思っている所為だろう。
オチというか、文章としてある程度まとまっていなければと。
ツイッターなら思った時に、ポロっと書けばいいのだろうが、
なんとなく二の足を踏んでいる。

ポロっと書きそびれた諸々をここに記しておこう。


プライバシーとは
“自分(もしくはそれにひもづく者)の情報を
「いつ」「どこで」「だれに」「どの程度」開示するのかを
自分で決めることが出来る権利”


家族とは
“守るもの”ではなく、“ともに戦うもの”だ。


若さとは
新しいもの(こと)を新しいと感じ取り
それを受け入れることができる「柔軟さ」の度合い


時間とは
公平さにおいて、神そのものである。


生きているだけなら、
“生存”と表現してもよいわけで、
生命を活かしているからこそ“生活”であるわけだ。


主観のない客観は存在しない。


人にとって幸せになれるお金とは、
その人が手にする額の3割増くらいが
一番バランスがよいのではないか。


断るを断る。


「それはね、お前を食べるためだよっ!」
という返答はなかなかシュール。


人に期待しないでいるというのは、
結局あきらめなのだろうか?
しかし、自分を磨く材料にはなるのではないか。


残された時間の最初の一歩が、つまり今だ。


以前に書いてるのもある気がするが。
ま、いいか。

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